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さよなら弟ねこのヤン

お仕事のお知らせです。


4月13日に、角川つばさ文庫さんから

『ねこたちからのメッセージ さよなら弟ねこのヤン』

(あらすじ→https://tsubasabunko.jp/product/321711000785.html

が発売されます!

hyousi.jpg


作者は『多摩川にすてられたミーコ』などの作品でお世話になっている、
なりゆき わかこ先生です。
今回も、中の挿絵を担当させていただきました!

今作は、前作の『ねこたちからのメッセージ 2歳になれなかったこねこ小太郎』
続編で、読者の方の体験談を元に書かれたお話になっています。
第二段という形ではありますが、お話はすべて来店した猫たちの
一人称目線で書かれているので、前作を読んでない人でも
まるで自分がカフェに初めて来たかのような感覚で楽しめる一冊です^^


扉カフェss


※イラスト掲載許可はいただいております

前作からおなじみの「ねこカフェ あのよ」メンバー。
三途の川のほとりにあるカフェで、死後やってきた猫たちを
お客さんとして迎え、ちゃんと成仏できるように
現世で思い残したことを解決してくれる猫さんたちです。


01ss

「ねこカフェ あのよ……?」


死後、三途の川のほとりに辿り着いたオス猫「ヤン」は、
店長の「マスター」と従業員の黒猫「じろー」に迎えられます。

他にも、大往生で亡くなったおじいちゃん猫「ふう」のお話や、
常連客「レッドねえさん」の知られざる過去が明らかに…!


心あたたまる3つのお話が描かれていますので、
ぜひ手にとってご覧ください!よろしくお願いいたします~!


*********************


また、同時にご紹介です。
以前つばさ文庫さんで挿絵を手がけさせていただいた
『多摩川にすてられたミーコ』が、
一般向け書籍となって発売中です!!

多摩川のミーコ (角川文庫)

イラストの担当は私ではありませんが、ご覧のとおり大人向けに
とても素敵な挿画でリメイクされています…!
児童書版の挿絵を描いていた時も、ボロ泣きしながら作業していましたが
この文庫版を読んでまた涙…本当に感動できるお話です。
なりゆき先生の作品はいつも涙なしでは読めません。。

…すみません、なんかもう個人的な感想みたいになってしまってますが(笑)、
児童書に抵抗のある大人の方でも気軽に手に取れるかと思いますので、
こちらもぜひぜひ、チェックしてみてください!^^






ちょこちゃん
ぎんじろ
4

ねこ!いぬ!ねこいぬ!


もっと動物強化したいな~。
あ、ちなみに上の2枚はうちのわんにゃん。
最後はおもむろにダックスとブチ猫。

昔はケモノっぽい感じの絵柄が主だったけど、
近年は逆にケモノっぽくならない動物の絵柄を模索してるかも(笑)
仕事の影響も少なからずありますね~。
リアルだけどリアルすぎない優しさのある絵を描けるようになりたいんだよね。
似顔絵的なリアルさっていうか。


ふれぶる

めったに描かないけどフレブル。
犬は犬なんだけどフォルムが特徴的だから
あまり先入観では描いてはいけない犬種だなと思う。

フレブルといえばふぉうちゅんドッグすを思い出す…(懐)






追記から、3月13日~の拍手返信です。


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あけまして!

ねんが2


明けましておめでとうございます!(おっそ)


昨年はお世話になりました。今年も更新など頑張りますので、
どうぞよろしくお願い申し上げます…!


遅くなりすみませんでした…新年のご挨拶。
いやー、年賀イラストの構図がぜんぜん思いつかなくてですね…!^^;
今年は戌年だし、ついでを言うと寄寓にも今年の5月で
このサイトも10周年迎えるし、ちゃんと描きたい気持ちもあったので
いろいろ悩んでたら時間が経っちゃいました…。
あ、余談ですが私は戌年生まれの人間です!(どうでもいい)

というわけで、いつもの5匹が初日の出を拝んでるイラストになりました!
同じ方向を見据えて、この年をスタートする助け屋一行を描きたかったんです。
構図の都合上、みんなの顔が見えるようにしたかったから
日の出は描けてないけどね(笑)光源から察してくださいってことでw


明けまして_

ぶっちゃけこの絵を今年描けば良かったと後悔したりもした

___

更新時書きそびれたので追記ですが、、
去年は祖母が亡くなったので、本当であれば喪中なんですよね…。
でも、戌年だけは個人的にどうしても外せなかったので。。
ばあちゃんごめん…。でも、ばあちゃんも絵を描いてる私が好きだったから、
きっと描けって言ってくれると思う。
ばあちゃんの分も、今年も元気に生きる。






年始まりの落書き

おおかみ

ひっさびさに本気で厚塗りやろうと思って塗りこんでたんだけど
思った以上に腕鈍ってて辛い…
頑張ればどうにか形にはなるけど、一枚絵という一枚絵を
最近まったく描けてないからか、昔より筆に迷いを感じる気がします。。
年々強くなってきてるんだよな~…
漫画優先とはいえ、隙を見てリハビリしないとな。

狼のつもりだったけど頭が丸すぎて犬っぽくなってしまった。
自分はどうもそういう描き癖があるみたいだから気をつけよう…


ぼるぞい

なんの訳もなくボルちゃん。
ボルゾイってなんかレアなイメージだったけど案外街中で見ますよね~。
気品と曲線美が素晴らしい。

最近見たレアな犬種は、
ワイマラナー、フラットコーテッドレトリーバー、レオンベルガーあたりかね。
愛しのハスキーたんもお見かけしたけど(*=ω=*)
あんまり見かけない子に会えると興奮しちゃうよね!
そういう自分も愛犬が北海道犬だから珍しがられますが(笑)


きゃっぴー

擬人キャッピーの服装が定まらない…ッ!!
と思って色々考え直してみたけどこれでいい気がしてきたぞ(笑)
ボーイッシュに寄せたい気はするんだけど
やっぱり女の子っぽさも残したかったので…
むずかぴーぽ。






今年の抱負。

「腐らない範囲で、肩の力を抜く」

(笑)


ここ数年、真新しい経験とかに執着してたから、
去年までにだいぶ色んな経験ができて、厳しく叩かれながらも
自分的にはすごく充実した日々を送れたと思ってますが、
それゆえプライベートのこと(家事とか趣味とか)が
だいぶ疎かになってしまってたなとも思ってて。^^;

今年からは、その得たものを活かしながらも、
もうちょっとゆるりと、余裕を持って生活できるように
気持ちを切り替えていきたいなーと思ってたりします。
腐らない程度にね!!気を抜きすぎて腐るのはごめんだ。


って、自分で書きながらクッソ贅沢なこと言ってんなーって思うけど(笑)



そんなわけで、今年もよろしくお願いします~^^
みなさんにとっても、良い1年になりますように!






次回の更新あたりで、2017年のギャラリーをまとめたいと思います…!


遅れてしまい申し訳ございませんでした。
追記から、12月3日~の拍手返信です。


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16:57 : その他:  トラックバック(-)  コメント(8)

次回こそは!

選択


ましろとあーちゃんの過去編の構想カット。
頬の傷ができたてホヤホヤの頃ですね(笑)

当時のあーちゃんはいろいろと危険な立場にあったので、
自分の弱みや負担にならないようにするためにも、
誰の力も借りずに生きていこうとしてたんですよね。
同類の犬たちとは利害の一致で協力したりっていうことはあった様ですが、
自分にとって損か得かがすべてで、そこに仲間意識や情けはありませんでした。
そんな中でましろと出会うのですが、自分を気にかけてくれるましろにすら
冷たい言葉を言い放って関わりを絶とうとしてしまいます。

今じゃ見る影もないけど(笑)
というよりは、幼かった頃の本来のあーちゃんに戻っただけなんですけどね。
なにより記憶喪失だったので、その間は素の情深くて明るい自分を
すっかり忘れちゃってた感じ。
そういう荒れてた時代の尖ってて不器用なあーちゃん描くのも好きなので
こっちの過去編も早く描きたいところですね。描きたい話がいっぱいだ…!


ところで、すごく久々にまともに絵を描く気になれたので
この絵を完成させたんですが、あまりに熱中しすぎて
出勤だというのに夜から朝の6時過ぎまで描き続けてしまって
見事に職場でボロボロでしたww(^p^)
(ちなみに起きるのは6:50なので40分ぐらいしか寝てない)

迷ったんですよ、さすがに寝なきゃって(笑)
でも、できればモチベーションが最高潮の時に
一気に描きたいって思ってしまったんですよね…!この馬鹿が。
描きたい時に描かなければ、いい絵は描けなくなるからなあ。。
だからあんまり日を別けて絵を完成させることって少ないんですよね。
描く時は一気に仕上げる感じ。
スイッチ入ると引き際がわからなくなるのが自分の悪い癖です(笑)



さらにもういっちょ

!


久々の!擬人化。
んーこんな感じの描き方で安定させたい。
進歩してきてると思うけど、もっと手早く描ける様になりたいな~。

****

好きなものを基準に絵を描いてると、苦手意識のあった絵ですら
いつの間にか楽しく描ける様になってくるんですよね。

自分の場合は犬、特に柴シベや創作がそれにあたるけど、
犬というモチーフで色んなタッチを試したり、
キャラクターを作ったりするのに始まって、
そのキャラをいい風景の中に立たせてあげたいとか思ってからは
背景もちゃんと描くようになったし、
転じて今度は擬人化したら面白いんじゃないかとか思い始めてからは
人物絵も練習するようになったし。遠回りはしたけど、結果的に
犬を描き続けてきたお陰で、発想がいろんな方向に派生していって、
いろんなものを楽しんで描ける様になりつつある。

なので、やっぱり好きなものを描き続けて良かったんだなあと、思ってます。
苦手なものを無理に克服しようとするより、
好きなものの幅を広げて、いかに苦手なものと結び付けていくか、
ってところなんでしょうね~。






6-1.jpg


さてさて、大変お待たせしておりますが
次回の更新から第六話、少しずつ載せていけたらと思います…!!
まだラストスパートの下書きも途中なんですが、もう変更はないだろうというところは
様子を見つつ進めていけたらなと。
ちょうど寒い時期になってきたし、犬ゾリネタ描くにはちょうどいい時期かも(笑)



追記から、9月4日~の拍手返信です。

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13:45 : その他:  トラックバック(-)  コメント(4)

秋(特急)

お久しぶりです…!
だいぶ日が空いてしまい申し訳ありませんでした…。
ここ最近いろいろとありまして精神的にも肉体的にもきてましたが、
もろもろだいぶ落ち着いてきたので、更新ペースももうちょっと
がんばりたいなと思っている所存です…。
(何回いってるんだろこのセリフ…)


さてさて、長い夏休みも終了しましたね!(にっこり)
ま、自分はお盆休みすらいっさい関係なかったので
夏休みもクソもぜんぜん実感ないですが(笑)
それよか最近急に寒くなってビビってる(笑)
秋さん来るの早すぎないすか…?嬉しいけどさ…


私的に思うんですけど、なんかもうね、夏休みは無いなら無いで
いいような気がしてきましたね!うん。
長期で休めるのは嬉しいんですけど、その代わりに
課題に追われたりとか、特に予定がないとグダグダと無駄に一日を
過ごしてしまうのが苦痛だった記憶が強いんですよね。。
楽しむというよりも焦燥感。
休み明けのボーっとした感覚も嫌だったし。

日常生活に適度な拘束やストレスがある方が、好きなことをやりたいって
気持ちが増大したりもするんですよね~。
テスト前ほどやりたい事が出てくるのと同じ原理で(笑)


でもな、とはいえな、せっかくの夏ってのはあるからな、
せめて3連休ぐらいほしいとは思ってしまうけどな…?







キャッピーの過去

お盆で思い出したけど、キャッピーの過去の話とかも
ゆくゆく本編で描きたいです。
シベ太とキャッピーが、キャッピーの両親のお墓参りに行って、
その成り行きでキャッピーが自分の事を話す…みたいな構想。

両親が亡くなったところまでは明らかになってるけど、
キャッピーの心の傷って両親との死別そのものだけじゃないんですよね。
今でこそあんな朗らかな笑顔を見せてるキャッピーですが、
昔は無感情を装って周りを寄せ付けなかった時期もあったり…。
そのあたりのことをお見せできる回を設けたいなと思っています。



6-22.jpg


犬ゾリしろよ。

随所でシベキャピを挟みたくなる病(笑)

第六話の下書きも一応進んでますよ…!地道に。
正直、第六話で一番描きたかったシーンまで到達してしまったので
気は抜けてますが(笑)
下書きはあと一息で終わるので、掲載までもうちょっと待っててください(`;ω;')


そうげつ

最後に送月。すっごい久々に描いたコイツ…!!
送月は送り犬なので、狼とも犬とも取れるようなフォルムしてます。
そういえば今更だけど、送月の顔の傷ってシルビアの顔の傷と同じなんですよ。
ただ反転しただけという(笑)
まあ特に深い理由があるとかじゃないんですがね(ないんかい)






コメント返信が遅れてしまい申し訳ございませんでした…。
追記から、7月9日~の拍手返信です。


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09:53 : その他:  トラックバック(-)  コメント(10)

ありがとう、ばあちゃん。

スイばあちゃん



先日16日、祖母が亡くなりました。87歳でした。


ばあちゃん、ここ数年まともに歩けなくなったり、調子が悪そうにはしていたのですが、
最近になって急激に弱ってしまい、一ヶ月ほど前に入院してからは
一気に病状が悪化、心不全や肺炎、感染症、脳腫瘍など、いろんな合併症により
衰弱して亡くなってしまいました。


生前、まだばあちゃんがはっきり喋れた頃、「自分の似顔絵を描いて欲しい」と
頼まれていたので、入院中にこの絵を描いて見せに行きました。
実際はA3サイズの大きな絵です。
ばあちゃん、入れ歯が入ってなくて上手くしゃべれないような状況だったけど、
「あれ!ばあちゃんの若い頃にそっくりだ!」と、ニコニコとても嬉しそうに喜んでくれました。

私は仕事があるので実家に帰れるのは日曜日だけなのですが、
その一週間後、次にお見舞いに行った時は、既にもう喋ることもできなくなり、
意識も朦朧としていて、酸素マスクをつけたまま口を開けて
苦しそうにゼエゼエと呼吸をしているような状態でした。

「ばあちゃん、あやか来たよ!わかる!?」と母が声をかけると、
薄っすら目を開いて、私の顔を見てくれました。
正直、もう長くは無いとその時点で聞いていたので、
この日が会えるのが最期になるだろうとは覚悟していたのですが、
いよいよというばあちゃんの辛そうな姿に、涙が止まらなくなりました。

ばあちゃんの手を握って、
「ばあちゃん、ばあちゃんがまだ喋れるうちに、似顔絵を見せられて
 本当に良かったって思ってるよ。ばあちゃんの料理、大好きだった。
 ばあちゃんが私のばあちゃんで、本当に良かった。
 ありがとう、ばあちゃん」


と、声をかけました。
するとばあちゃんは、熱のあるあたたかい手で私の手を強く握り返して、
震える手でその手を持ち上げ、上下に振りました。

口元を見ると、何か言いたそうにかすれた息を出していましたが、
もう喋ることができませんでした。それでも、「伝わってるよ」と答えるように、
私の手を握って、何度も何度も、振ってくれました。
母と二人で号泣しました。


それが、ばあちゃんとの最期になりました。


**********


ばあちゃんは、どんな時でも私の見方でいてくれました。
いつも自分の事より、周りの人のことばかり心配して、気にかけてた。
元気だった頃は働き者で、いつも畑仕事をしていて、花が大好きで。
そんなばあちゃんを眺めてるのが大好きでした。
地主だからお金持ちだったけど、欲が無くて、楽な生活をしようとせず、
綺麗な心の持ち主だったばあちゃん。
そんなばあちゃんが、大好きでした。


ばあちゃん自身、無理に生きることに対してもあまり執着が無くて、
体調が悪くなっても、延命はしないでなるようになればいいと
言うようなことをいつも言ってました。
誰かの訃報を聞けば、「○○さんは(逝けて)いいなあ」と
羨ましがったりするぐらい。
そんな風に言えるぐらい、きっと未練の無い人生だったんだと思います。
ばあちゃんの死相は、まるで眠っているかのような安らかな顔でした。


ありがとう、ばあちゃん。
これからも天国から見守っててね…。






「死」については、ばあちゃんのことを抜きにしても本当によく頻繁に考えてる。
後ろ向きだし縁起でもないけど、もし大事な人達が急に逝去してしまったら…とか。


死ぬことが怖かったのは、幼稚園~小学生の頃がピークだったな。
何が怖いって、自分の身体が燃やされて無くなってしまうっていうのが怖かった。
そもそも死ぬっていう現象がどういうことなのかわからなかったから、
熱くないのかな…とか、起きちゃったらどうしよう…とか、
単純にそういう心配だったけど。
そんなことを感じる細胞すら機能しなくなるんだなってわかってからは
だいぶ和らぎましたけどね。
もちろん、死ぬ瞬間の事を考えるのは怖いですけど…。

でも今は、自分の死よりも身近な人の死の方が何倍も怖いですね。
死んでしまえば考えるという機能すら停止して「無」になるけど、
死なれてしまったらその悲しみを背負って生きていかなければならないわけだから、
死ぬより辛いのではないかと思う。

便宜上…というか、遺された側として気持ちを前向きにするために
「天国」という言葉は使うけど、個人的には死んだら無だと思ってる。
(そう思う方が救われることもあるので)
なにか生前に遣り残したことがあったとしても、死んでしまえば
故人本人はそれを未練だとも思えなくなるんだろうし、
「未練があっただろうなあ」と悔しがって苦しみ続けるのは、
死んだ本人じゃなくて、故人を想う遺された側の人たちなんですよね。
仮に天国があるにしても、そこが苦しみから解放されて
未練なんて忘れられるぐらいとても居心地のいい場所であるなら
どちらにせよ現世に遺される方が辛い。
だから、自分が死ぬことよりも死なれる方がずっと怖いなって感じる。

今回のばあちゃんみたいに、病気とか、老衰とか、
時間をかけて死に近づいていくならまだ心の準備も出来るかもしれないけど、
本当に急に訪れる死もあるからね。事故に遭うとか。自覚もなく突然死とか。
もしそんなことがあったら、正気なんて保てるんだろうか。
ニュースとかで死亡事故を見かけたりすると本当に思う。
この時期は水辺で子供が亡くなる事故が多いけど、
その数分前は、まさかその子が今日亡くなってしまうだなんて
親も周りの人も、誰も思ってなかったんだろうなって思うと、
人事のように思えなくなる。
その不意打ちが怖くて、つい普段から身構えてしまう。
そういう想像が膨らみすぎて、何も起きてないのに一人で泣き出すことすらある。


でも、それでいいんだろうなと思う。
重い考え方かもしれないし、気持ち的には疲れるけど、
永遠の別れは明日かもしれないって思って生きてれば、
地に足をつけて堅実に生きれると思うし、
身近にいる大事な人を、大切にし続けられると思うから。

死なれる方が怖いし辛いとは書いたけど、
自分の親や未来の旦那さんは絶対看取りたいです。
看取られたくないです。
大事な人よりも先に死にたくない。
そんな想いをさせたくないから。
長生きしなきゃな。



明日と明後日、ばあちゃんの葬儀です。
大泣きすると思うけど、なるべく笑顔で送り出したいと思います。




申し訳ありませんが、コメント返信は後日させていただきます…。
久々の記事がまた暗い話になってしまい、すみませんでした。
落ち着いたら、また創作の絵など載せたいと思いますので
もうしばらくお待ちいただければ幸いです。

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