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ありがとう、ばあちゃん。

スイばあちゃん



先日16日、祖母が亡くなりました。87歳でした。


ばあちゃん、ここ数年まともに歩けなくなったり、調子が悪そうにはしていたのですが、
最近になって急激に弱ってしまい、一ヶ月ほど前に入院してからは
一気に病状が悪化、心不全や肺炎、感染症、脳腫瘍など、いろんな合併症により
衰弱して亡くなってしまいました。


生前、まだばあちゃんがはっきり喋れた頃、「自分の似顔絵を描いて欲しい」と
頼まれていたので、入院中にこの絵を描いて見せに行きました。
実際はA3サイズの大きな絵です。
ばあちゃん、入れ歯が入ってなくて上手くしゃべれないような状況だったけど、
「あれ!ばあちゃんの若い頃にそっくりだ!」と、ニコニコとても嬉しそうに喜んでくれました。

私は仕事があるので実家に帰れるのは日曜日だけなのですが、
その一週間後、次にお見舞いに行った時は、既にもう喋ることもできなくなり、
意識も朦朧としていて、酸素マスクをつけたまま口を開けて
苦しそうにゼエゼエと呼吸をしているような状態でした。

「ばあちゃん、あやか来たよ!わかる!?」と母が声をかけると、
薄っすら目を開いて、私の顔を見てくれました。
正直、もう長くは無いとその時点で聞いていたので、
この日が会えるのが最期になるだろうとは覚悟していたのですが、
いよいよというばあちゃんの辛そうな姿に、涙が止まらなくなりました。

ばあちゃんの手を握って、
「ばあちゃん、ばあちゃんがまだ喋れるうちに、似顔絵を見せられて
 本当に良かったって思ってるよ。ばあちゃんの料理、大好きだった。
 ばあちゃんが私のばあちゃんで、本当に良かった。
 ありがとう、ばあちゃん」


と、声をかけました。
するとばあちゃんは、熱のあるあたたかい手で私の手を強く握り返して、
震える手でその手を持ち上げ、上下に振りました。

口元を見ると、何か言いたそうにかすれた息を出していましたが、
もう喋ることができませんでした。それでも、「伝わってるよ」と答えるように、
私の手を握って、何度も何度も、振ってくれました。
母と二人で号泣しました。


それが、ばあちゃんとの最期になりました。


**********


ばあちゃんは、どんな時でも私の見方でいてくれました。
いつも自分の事より、周りの人のことばかり心配して、気にかけてた。
元気だった頃は働き者で、いつも畑仕事をしていて、花が大好きで。
そんなばあちゃんを眺めてるのが大好きでした。
地主だからお金持ちだったけど、欲が無くて、楽な生活をしようとせず、
綺麗な心の持ち主だったばあちゃん。
そんなばあちゃんが、大好きでした。


ばあちゃん自身、無理に生きることに対してもあまり執着が無くて、
体調が悪くなっても、延命はしないでなるようになればいいと
言うようなことをいつも言ってました。
誰かの訃報を聞けば、「○○さんは(逝けて)いいなあ」と
羨ましがったりするぐらい。
そんな風に言えるぐらい、きっと未練の無い人生だったんだと思います。
ばあちゃんの死相は、まるで眠っているかのような安らかな顔でした。


ありがとう、ばあちゃん。
これからも天国から見守っててね…。






「死」については、ばあちゃんのことを抜きにしても本当によく頻繁に考えてる。
後ろ向きだし縁起でもないけど、もし大事な人達が急に逝去してしまったら…とか。


死ぬことが怖かったのは、幼稚園~小学生の頃がピークだったな。
何が怖いって、自分の身体が燃やされて無くなってしまうっていうのが怖かった。
そもそも死ぬっていう現象がどういうことなのかわからなかったから、
熱くないのかな…とか、起きちゃったらどうしよう…とか、
単純にそういう心配だったけど。
そんなことを感じる細胞すら機能しなくなるんだなってわかってからは
だいぶ和らぎましたけどね。
もちろん、死ぬ瞬間の事を考えるのは怖いですけど…。

でも今は、自分の死よりも身近な人の死の方が何倍も怖いですね。
死んでしまえば考えるという機能すら停止して「無」になるけど、
死なれてしまったらその悲しみを背負って生きていかなければならないわけだから、
死ぬより辛いのではないかと思う。

便宜上…というか、遺された側として気持ちを前向きにするために
「天国」という言葉は使うけど、個人的には死んだら無だと思ってる。
(そう思う方が救われることもあるので)
なにか生前に遣り残したことがあったとしても、死んでしまえば
故人本人はそれを未練だとも思えなくなるんだろうし、
「未練があっただろうなあ」と悔しがって苦しみ続けるのは、
死んだ本人じゃなくて、故人を想う遺された側の人たちなんですよね。
仮に天国があるにしても、そこが苦しみから解放されて
未練なんて忘れられるぐらいとても居心地のいい場所であるなら
どちらにせよ現世に遺される方が辛い。
だから、自分が死ぬことよりも死なれる方がずっと怖いなって感じる。

今回のばあちゃんみたいに、病気とか、老衰とか、
時間をかけて死に近づいていくならまだ心の準備も出来るかもしれないけど、
本当に急に訪れる死もあるからね。事故に遭うとか。自覚もなく突然死とか。
もしそんなことがあったら、正気なんて保てるんだろうか。
ニュースとかで死亡事故を見かけたりすると本当に思う。
この時期は水辺で子供が亡くなる事故が多いけど、
その数分前は、まさかその子が今日亡くなってしまうだなんて
親も周りの人も、誰も思ってなかったんだろうなって思うと、
人事のように思えなくなる。
その不意打ちが怖くて、つい普段から身構えてしまう。
そういう想像が膨らみすぎて、何も起きてないのに一人で泣き出すことすらある。


でも、それでいいんだろうなと思う。
重い考え方かもしれないし、気持ち的には疲れるけど、
永遠の別れは明日かもしれないって思って生きてれば、
地に足をつけて堅実に生きれると思うし、
身近にいる大事な人を、大切にし続けられると思うから。

死なれる方が怖いし辛いとは書いたけど、
自分の親や未来の旦那さんは絶対看取りたいです。
看取られたくないです。
大事な人よりも先に死にたくない。
そんな想いをさせたくないから。
長生きしなきゃな。



明日と明後日、ばあちゃんの葬儀です。
大泣きすると思うけど、なるべく笑顔で送り出したいと思います。




申し訳ありませんが、コメント返信は後日させていただきます…。
久々の記事がまた暗い話になってしまい、すみませんでした。
落ち着いたら、また創作の絵など載せたいと思いますので
もうしばらくお待ちいただければ幸いです。

22:10 : その他:  トラックバック(-)  コメント(10)
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2017/08/19(土) 23:24:02 | - │ | [編集]

記事投稿お疲れ様です。
私も学生の頃に祖母が亡くなったので、その気持ちはよく分かります…読んでて泣きそうになりました…。
その似顔絵はあやかさんの祖母の心にしっかりと刻まれたと思います。

2017/08/20(日) 18:26:31 | らるく │ URL | [編集]

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2017/08/21(月) 04:44:29 | - │ | [編集]

この記事を書いてありがとうございます。見てたら悲しい気分よりも感動の気分の方が強いだと思います。
自分の婆ちゃんも思い出しました。彼女が亡くなったからもう十年経ちましたが、今でも彼女の事忘れなかった。
とても優しい方でいつも元気の無い僕を慰めた。家の中で性格が一番近い方と思います。話しやすくて僕にとって彼女は年寄りであり友達でもある。今でもそう思います。
彼女の死は本当に突然の事。最初は足の痛みのため入院しましたが、薬を飲んで全身も痛くなり、そして数日後亡くなりました。
ただ足の問題で亡くなったのは、どうしても納得できませんです、とその時の僕は本当に理解不能だった。僕は崩れ寸前でした。
婆ちゃんは死ぬ前には足が痛い毎日を送りました、死は痛みからの解脱、とそれ以来僕は時々自分を慰める。
でも、理性的に考えると、婆ちゃんは薬で殺された可能性がありますね、調べると今の薬はほとんど、病気を治すと目指せません、ただしばらく痛みを抑えるだけ、と知りました。時々副作用もひどいですね。
もちろん今は、誰に責任があるのか、も意味がありません。が、僕はそれから病院を避けりたいと思います。
婆ちゃんと過ごした時間、短くても長くてもありませんでした。神がいるなら、彼女は神からの最大のお礼です。せめて、寂しい僕にとってですね。

2017/08/27(日) 03:01:35 | ジェイムズ │ URL | [編集]

記事投稿お疲れ様です。

私もつい先日父を亡くしました。57歳でした。
こういったことを経験すると、生きること、人生について深く考えさせられます。
私の祖父母は健在ですが、このようなことも遠くないんだろうな…。

最期まで話ができたのは本当に幸せなことだったと思います。お祖母様も喜んでいることでしょう。

天国のお祖母様の為にも、色んなことを経験して、人生を楽しく生きていくのが一番の供養だと思います。あまり考えすぎないように。

お互い頑張りましょう。
長文失礼しました。

2017/09/20(水) 10:39:22 | こっぺ │ URL | [編集]

JHOD2さん、コメントありがとうございます。
日本語の返信になってしまい申し訳ありません!

大切な人を失うことは、人生の中でも節目節目の経験にはなりますが、
辛い事ですよね…。そちらも、ご自身のおばあさんのことを大切にしてあげてくださいね。
ありがとうございます。

2017/09/30(土) 08:50:05 | あやか(管理人) │ URL | [編集]

らるくさん、コメントありがとうございます。

ある程度の歳になると、祖母や祖父の死は必然的に経験するものですよね…。
似顔絵は火葬の際に一緒に燃やしてもらったので、
天国でも見てくれてればいいなあ、、と思っています。

2017/09/30(土) 08:53:45 | あやか(管理人) │ URL | [編集]

氷牙さん、コメントありがとうございます。

そうですね…。最期にちゃんとばあちゃんにお礼を言えて本当によかったと思います。
別れは本当に辛かったですが、心残りがないだけまだ救われた気がしています。
あたたかいお言葉をありがとうございます…。今日は四十九日ですが、
気持ちはだいぶ落ち着いてきたので、笑顔で祖母を送り出せたらと思っています。

2017/09/30(土) 09:00:34 | あやか(管理人) │ URL | [編集]

ジェイムズさん、コメントありがとうございます。

亡くなった大事な人のことは、どんなに時が経っても忘れられないものですよね。
ジェイムズさんのお祖母様は、いつも励ましてくれたり、性格もあうお祖母様だったのですね。
そんな方を亡くされたのは、とても辛く悲しいことだったかと思います。
亡くなられた当時は、もしかしたらあまり医療技術も発達していない頃だったのかもしれませんね…。
特にお年寄りは、手術や特殊な治療に耐えられる体力もないので
若い人ならできる処置もできない場合があるみたいですよ。
もしかしたらその処置は、当時の病院ができる精一杯のことだったのかもしれません。
医療に詳しいわけではないのでなんとも言えないですが…。

いざ亡くしてしまうと、もっとこうすればよかったんじゃないかとか、
色々と原因を探しては後悔してしまうものですよね…。
ご遺族としては心残りだったかとは思いますが、
それでもきっとお祖母様にとっては幸せな人生だったのではないかと思います。
私も自分の祖母に対しては、そう祈るばかりです…。

2017/09/30(土) 09:17:18 | あやか(管理人) │ URL | [編集]

こっぺさん、コメントありがとうございます。

そちらもお父様を亡くされたとのことで…お悔やみ申し上げます。
私の父もちょうど同じぐらいの歳なので、人事のように思えません。
肉親を亡くすことは、耐え難くお辛いことかと思います。
大事な人を亡くす経験は、できれば経験したくはないことではありますが、
人生についてを深く考える大きな節目にもなりますよね…。

祖母については、生前ちゃんと話ができたこともあり、今は後悔がないのが救いです。
仰るとおり、真っ直ぐ明るく前向きに生きていくことこそ
祖母が私に望んでいたことでもあったので、天国の祖母に心配をかけないためにも
そんな風に生きていけたらと思っています。

こっぺさんの傷が癒えることを心より願っております。
お互い、頑張りましょうね。

2017/09/30(土) 09:29:28 | あやか(管理人) │ URL | [編集]

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